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■白い息

 魏の麗しき美将、張コウの朝は、どちらかと言えば遅い―――というのは、あくまで周囲の認識であった。
 彼自身は毎朝早くに起床し、自己を磨くための鍛錬を欠かさずに行う。ただ、その後で身支度にかける時間が、他の誰よりも、ほんの少し長いだけなのだ。

 

 その日、いつものように朝の鍛錬をしようと表に出て、張コウはハッとした。
 吐く息が白く結露している。
 一度、ゆっくりと深呼吸をして、その儚い水煙が散って行く様を眺めた。

 ―――もう、そんな季節なのですね。

 早朝のキンと冷えた空気が、耳朶を刺激する。
 日が高くなれば、まだ寒いなどとは思わぬ秋の頃であったが、季節は確実に移り行く。冬は、目前に迫っていた。

 

 

 

「司馬懿どの」
 耳慣れた声がして、司馬懿は書の上を走る目を止めた。顔も上げずに、その声の主の名を呼ぶと、子犬のようにご機嫌な足音が近づいてくる。
「寒いですね」
 とさ、と軽い音を立てて隣に座る張コウの髪からは、いつもの香が漂う。
「そんなに薄着でいるからだ」と、司馬懿。相変わらず視線は文字を追っている。
 部屋の窓は締め切られ、朝の内だというのに灯りが揺らめいていた。
「司馬懿どのこそ、そんなに着膨れて」
 今朝もついさっきまでお床にいらしたのではないですか、と問い詰める張コウを、司馬懿は尚も顧ようとしない。都合の悪いことには返事をしない想い人に、張コウは、ぷうと頬を膨らませて書を取り上げた。
「朝から部屋を締め切ったままだなんて、よろしくありませんよ」
 言うが早いか、張コウは立ち上がって窓という窓を開放しはじめた。
「何をする、馬鹿者」
 冷えた空気が流れ込み、司馬懿は顔をしかめる。
「だって、空気が籠って淀んでおりますもの、この部屋」
 張コウは窓から身を乗り出して、ああ、気持ちいい、と深呼吸をする。それを尻目に、司馬懿はもう一枚羽織る着物を引っ張り出そうとした―――そこへ。
「ね、こちらへ来てください」
「なんだ」
「いいから、早く」
 勝手に人の屋敷に上がり込んで、勝手に人が読んでいる書を取り上げる―――張コウは自分を冷たいだの勝手だのと言うが、一番勝手なのは他ならぬ張コウ自身だと司馬懿は思った。

 ―――もっとも、それはお互いさまなのだろうけれども。

 やっとのことで布団の中から探り当てた上着に腕を通す暇も与えられず、司馬懿は窓際に引きずり出される。冷気の粒が顔面で弾ける刺激に、眉間の皺が深くなった。
「ね、美しいでしょう」
 そう言って、張コウはまたを深く息を吸ったようだった。司馬懿が無言のまま着物の袷を固く閉じると、ひんやりとした手が腕に絡みついてきた。そして、身体をぴったりと寄せる。張コウの暖かい呼気が右の耳にかかった。
 ……少し、冷気の鋭さが和らいだ気がした。

 目の遣り場に困った挙げ句、結局張コウの視線の先を見ると、近くの山々の稜線がくっきりと映った。
 晴れ渡る青空の下、燃え盛る紅葉。
 それは、木々が最期の力を振り絞って、生命の炎を燃やし尽そうとしているかのようで―――不意に、根拠のない寂廖感が司馬懿を襲う。

「―――もう、こんな季節なのだな」
 寒いとは思っていたが。司馬懿は呟いた。その息は白く濁って、瞬く間に消える。
 自分の知らぬ間に、時は逃げるように過ぎて行く。次にこうやって気付いた時、それは一体どの季節なのだろう。
 時間を無為に過ごしているとは露ほども思わぬが、替りに何にも代えがたい何かを浪費してきたような気がして、司馬懿は張コウの手を握り返した。
 その手から伝わる熱のせいだろうか、張コウの冷えた身体も仄かに温度が上がる。司馬懿の掌を頬に押し当てて、張コウは「暖かい」と呟いた。司馬懿が「もう一枚くらい羽織れ」と苦笑する。

「私が、教えて差し上げます」
 不意に囁いた張コウのその言葉を、俄かには理解できず、司馬懿は目をしばたかせた。
「初雪の日も、花の香る日も、暑い夏の日も……ずっと隣におりますから」
 張コウが言葉を紡ぐ毎に、少し乾いたその唇から白い息がこぼれた。冷たい頬が、じんわりと温かくなってゆくのを感じながら、司馬懿は、指でその肌を優しく弄んだ。
「……任せるとしよう」
 司馬懿の口から吐かれる息も、また白い。やがて二人の吐息は絡み合い、朝の空気の中へ溶けて行く。
「……いけません、こんな朝から」
 司馬懿の腕が腰に伸びるのを制して、張コウは身体を離そうとした―――が、強引にまた抱き寄せられる。
「構わぬ」
「私は構います。今日は皆に稽古をつけると……あ」
「少しくらい遅れたところで、誰もお前を咎めまい」
「もう―――勝手ばかりおっしゃって……」
 そう言いながらも、張コウは司馬懿の首に縋りついた―――。

 

 

 

 魏の麗しき美将、張コウの朝は、どちらかと言えば遅い―――それは時に、気まぐれな彼の恋人のせいでもあった。

 

 

 

fin.


携帯サイトから配信してるメルマガから、転載。
蝶子はとりあえず司馬懿の傍にいたい。司馬懿は蝶子が傍にいるとムラムラしちゃう。そんな話。


■冬模様5題■
01:白い息
02:凍った窓
03:長い夜
04:色付いた並木道
05:雪見酒

▼配布元▼
【月ノ海・華ノ音】
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