忍者ブログ

MENU≫

nG-Lab.

絵文
雑記同人活動メッセージ返信
リンクこのブログについて
■[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

記事先頭へ↑ブログTOPへ▲
≪前の記事 次の記事≫
■煙

 一日の仕事が終えて、張コウは浮腫んだ足を引き摺って休憩室兼更衣室へと向かった。
 店に出て客をもてなすのはどちらかと言えば好きな方だが、仕事が終わったと思った瞬間、それまで微塵も感じていなかった疲れが一気に押し寄せてくる。いつも、早く着替えて帰りたいという気持ちが、このまま座り込んでしまいたいという欲求に負けそうになるのだ。高く結った髪をほどき、引きつった頭皮を解放すると、少し楽になったような気がした。
 ほんの数メートルの廊下が、数十メートルにも感じられる。やっとの思いで辿り着いたそこには、既に先客がいた。
「あ…。お疲れさまです」
「ん」
 こちらを見ることもなく、ただ短く頷いたその男は司馬懿である。普段は本社に引きこもっているが、時折、店の営業成績を確認するために担当地区の店舗を回ってくる。今日はどうやら”その日”だったらしい。
(神よ、なんと美しい巡り合わせ……!)
 張コウは思わぬ幸運に、神への感謝を捧げた。ついでに、社長と店長にも感謝しておく。
 ただでさえ滅多に会えない相手である。メールアドレスも無理矢理聞き出してあるが、司馬懿ときたら一向に返事を返そうとしない。と言って敬遠されているのかと思えば、そうでもないらしい。あまり興味のない人間に対しては、まるで詐欺師のように人当たりがいいことを張コウは知っている。裏を返せば、自分に対するぞんざいな振る舞いは、「悪くない手応え」と判断してもあながち間違いではない―――と、思うようにしていた。
 ひとしきりポーズをキメたあと、ちらりと司馬懿を見遣るが、やはり何の関心もないように営業レポートに目を通している。その口元には、今にも灰が落ちそうな煙草が紫煙を上げていた。
「……ここ、禁煙ですよ」
「知っている」
「知りませんよ、後で文句を言われても」
「構わん」
 司馬懿は相当の愛煙家のようで、客目があるところでは絶対に吸わないが、気がつくと裏手の喫煙所で煙草をふかしていることが多い。更に外が寒かったり面倒だったりすると、こっそり休憩室で吸っているらしい。
 自分には制服をきちんと着ろだの派手な化粧をしてくるなだの口うるさく注意するくせに、と張コウが非難の目で睨むと、その視線に気付いたのか、司馬懿は初めてレポートから目を離して張コウを見た。
「どうした」
 予想もしないリアクションに、張コウは思わず視線を逸らした。

 どうもこうも、全部あなたのせいなんですから。
 会えなくて寂しい、つれなくて切ない、理不尽で腹が立つ。
 それなのに、ただ一言で全部煙のように消えてしまう。

 顔を上げると、司馬懿の黒い瞳が、張コウの返事を待っていた。
「……1本頂いてもよろしいですか?」
 何気ない振りをして、司馬懿のすぐ脇にあるテーブルに腰掛ける。足を揺らせば触れられるほどに近い。高い鼻筋と、大きな唇がいつもよりはっきりと見えた。それをじっと見詰めていると、鋭い瞳が蠢いてこちらを見上げた。張コウの心臓が、射抜かれたようにドクンと揺れた。それは、初めての距離に高鳴る鼓動であり、また司馬懿がどう出るかという不安でもあった。
 いつも生かさず殺さずの司馬懿に業を煮やして、張コウは一か八かの賭に出たのである。
「吸わぬと思ったが」
 司馬懿はただそう言って、スーツの懐から煙草を出して、張コウへ差し出した。急に狭まった二人の距離に動揺する様子もない。

 また、どちらともわからない“答え”―――。

 安堵と落胆の混じった溜息をごまかして、それを受け取った張コウは、ライターを差し出す司馬懿の手を、つ、と退けた。訝しげな目で見返す顔に近づいて、口に挟んだ煙草をもう短くなっている煙草に押しつけると、息を吸う度に、先端が赤々と燃え上がる。初めは驚いた顔をした司馬懿だったが、すぐに煙草をふかし始めた。火が燃え移った後も、2人はしばらくそのまま酸素を共有し続けた。
 張コウが司馬懿を伺うと、司馬懿の視線とぶつかった。どことなくいつもより柔らかいその瞳がくすぐったくて、張コウはつい戯けてみせる。
「なんだか、キスしてるみたいですね」
「馬鹿ぬかせ」
 司馬懿は慌てて顔を離した。炎の縁がフィルターまで届いた煙草を灰皿に押しつけ、すぐ新たに火をつける。早いペースで煙を吐くその横顔は、決して気のせいではなく僅かに朱が差している。
「普段は吸いませんけど……色っぽくて素敵じゃないですか」
 司馬懿の指先を見つめたまま、張コウは呟いた。
「……かも、しれんな」

 2人の吐く煙が、狭い部屋の天井で絡み合い、溶けていった。

 

 

 

fin


【あとがき】

ファミレス設定で。
←の漫画の後半シナリオで、没になったネタです。
ちょっと長かったのと、渋すぎたので(笑)

文字書きの師匠に指導していただき、前回のダメ出しされた点を極力直しました。
…でも、文章そのものの質はそう簡単に上がるものでもなくー。orz

が、頑張ります。

PR
無双≫司馬蝶レス(0)関連()記事先頭へ↑ブログTOPへ▲
≪前の記事 次の記事≫
▼レス一覧
▼レスを投稿する
※使い方がよくわからなかったら、こっちを読んでみてください→ナノギガ流レス活用法







  (※投稿を編集するときに必要です)

▼関連記事一覧(トラックバック)
| RSS | ADMIN |
nano-GIGA-Laboratory
Copyright(c)2007,All Rights Reserved.
忍者ブログ/[PR]